うわごと

僕のマリ

悩んでなんかないわよね

「どこへ行ったの どうして泣くの 夢は叶えるものよ」

人生に絶望していたときにスーパーカーの「DRIVE」を聴いて、杉並のアパートで号泣したことがある。夢だの希望だの愛だの、そういう平凡な言葉はどうでもよかったし、聞き飽きていたはずなのに、なぜかこの一節だけは特別だった。どうしてわたしはあんなに泣いていたんだろう。

 

「忘れてなんかないわよね、ちょっぴり夢に疲れただけでしょ?恐れてなんかないわよね、ちょっぴりあなたが弱いだけでしょ?」

 

揺らぎそうになるたび、フルカワミキの声が、石渡淳治の言葉で、檄を飛ばしてくれる。

 

 

fmmzkさんに会った。

というのも、fmmzkさんは下北沢B&Bで開催されたトークイベントのために上京されていて、「僕マリさんの働いてる喫茶店に寄って帰ろうかと」とDMが届いたのが事の発端だった。

しかしわたしは出勤ではなかったので、「もしよかったらお茶しませんか」と勇気を出してお誘いしたら、快諾してくださったので、ご一緒するに至った。最初、返事がこなかったので「キモがられている」とかなりしょんぼりした。わたしはコミュニケーションの取り方、人との距離の取り方が壊滅的に下手くそなので、基本的には「待ち」の姿勢だが、こんな機会もないだろう、と思ってエイヤっと誘ってしまった。

 

お茶する前日、つまりトークイベント後にご挨拶をして、福岡のお土産をいただく。「じゃあまた明日〜」と別れ、ひとり帰路についたのだが、イベントで全然うまく話せなかった事、考え過ぎて精神的に限界を迎えていた事で途中で無理になり、タクシーを拾って帰った。

「気にしすぎ」とよく言われるが、だからといってそれが直るわけではない。お金を払って来てくれた方の為になるような話をできたか微妙だったし、途中で意識が飛んでしまって「いま何の話してましたか」と聞いてしまう一幕もあり、挙げ句の果てに一人でゲラゲラ笑う奇行に走ってしまい、とてつもなく死にたくなった。つらかった。

 

化粧だけ落として眠剤を流し込み寝て、翌朝起きてfmmzkさんの「起きました。9時41分着です」というDMを見て慌てて風呂に入る。

 

駅で待ち合わせてわたしが働く喫茶店へ。同僚におはよ〜〜と挨拶をしてfmmzkさんが座ってみたかったという席へ。

 

そもそもわたしがfmmzkさんと相互フォローになったのは『でも、こぼれた』の感想のブログを見てからだった。それまでは「Twitterの面白い人」という印象だったが、ブログをしっかり読むと人物像に興味が湧いた。

書いたものに関しては、基本的にどんな感想でもうれしいけれど、fmmzkさんの感想は解析的な観点と持ち前の文章力が作用して、なるほど…と思って何度も読んだ。

『健忘ネオユニバース』が、たとえ千人に無視されたとしても、fmmzkさんがあのブログを書いてくれたなら、わたしは書いて良かったと本気で思う。

 

名刺を渡してお互いの素性を明かし、昨夜のイベントの感想をいただく。

「マリさんの、『このままでいい』という言葉、よかったです」と言われたとき、静かに驚いた。イベントの締めの「これからどうなりたいか」という問いに答えた言葉だった。

 

不意打ちの問いに思わずぽろっと出た言葉だが、しみじみ考えてみて、わたしはいま置かれている状況をうれしく感じていると気付いた。

狂った喫茶店でやさしいみんなと働く生活も愛しているし、「僕のマリ」として同人誌やネットプリント、商業誌で文章を書く人生だって手放したくない。だから、このままがいい、と思った。

 

ふいに放った言葉を、fmmzkさんはしっかり受け止めて解釈してくれていたことに感動した。わたしが彼に会ってみたいと思った直感は間違いではなかった。

わたしとfmmzkさんは年が11歳離れているので、ある意味あまり気を遣わずに話をすることができた(むろん、相手が気を遣ってくださっていることに甘えていた)。会話というより対話だったな、と思う。

 

お茶をしている途中で、常連のドッスン(スーパーマリオに出てくる岩の敵に激似のおじさん)が他の卓の花瓶を倒していて水がパシャーとこぼれて、fmmzkさんがその卓のおばさんに「大丈夫ですか!?」と声をかけていてやさしかった。わたしは店員なのに何もせずケラケラ笑っていた。ドッスンの顔がめちゃくちゃすごくなっていたから。

 

fmmzkさんの飛行機の時間があるので早めに店を出て、駅前でしばし話す。「日なたに行きましょう」と暖かい場所を勧めてくれて大人だった。

 

別れ際、「とにかくおじさんは応援してるからね」と声をかけていただき、改札前で握手をした。帰って寝転びながら「今日の自分キモくなかったかなあ」と考えていたら、「お友達になりましょう。妻のことが大好きなので友達止まりですが」というLINEが届き、目を細めた。心が大丈夫になった。

 

 

 

 

 

 

 

思い出になんてなんないで

文学フリマ東京が終わった。
昨年の春に出店するまで存在すら知らなかった文学フリマが、いまやわたしの人生の一大イベントとなっている。本を愛し、本を書きたい人たちの慈しみ。書き手と読み手が運命のような出会いを果たす、夢が詰まったイベントだ。

いつもいつも慌てているのだが、今回も日付が変わるまで作業と準備が終わらず。新刊の入稿はすでに済ませ、あとは当日を待つのみだったはずが、「新刊を買うためだけに来てくれる人がいたら忍びない」という自意識の高さゆえ、書き下ろしのエッセイを頒布することにしたのだ。わたしはいつも、イベントがあるたびに「その日配る用のエッセイ」を書いている。気の利いたノベルティを作ることや 、面白い会話が出来ない申し訳なさで、いつもエッセイを書くことに帰結する。不器用なのだ。

 

深夜に寝て四時に起きて準備。雨音を聞きながら熱いシャワーを浴び、荷物をまとめる。毎度ながら、花や花瓶などのどちらかといえば不要なものが多いので四苦八苦。重たい荷物を抱えて家を出る。雨は止んでいない。

 

会場には九時すぎに着いた。モノレールに乗るときはスーパーカーを聴くのがわたしの儀式だ。窓から見える水面がきらきらとしていた。
出店者の入り時間は十時からだったが、不安すぎて「鬼早いですが九時半に駅集合で」と、新刊の版元であり売り子をやってくださる本屋lighthouseの関口さんにお願いしたのだ。 わたしたちが会うのは三回目。人見知りを発揮しないか不安だった。
一本早い電車で来たが、関口さんも同じ電車だったようで無事落ち合う。
「僕、雨男なんです」とこぼす関口さんだったが、ちょうどそのタイミングで空から光が差し込んだ。まばゆかった。

 

出店者の列に並び、雑談や打ち合わせをする。
途中で同じ出店者のサウナ男子二人と半年ぶりに会う。ブタゴリくんとおひやさん。東北と名古屋からの参戦である。思わず顔がほころんだ。
三十分以上早く着いたが、なんだかんだであっという間に入場時間になった。

設営にはかなり手間取った。わたしはこだわりが強すぎて、敷き布の幅とレースのズレが気にくわなくて十五分くらい難儀していた。 普通のひとだったらキレられても仕方ないほどモタモタしていたけど、関口さんが鷹揚な性格で命拾いをした。今回は日記集の相方、伊藤佑弥さんとyoeさんと隣接配置。やはり知っている方が隣だと精神衛生上いい。反対側には早乙女ぐりこさん。『 東京一人酒日記』が気になったが、すぐには言い出せず。
なんとか設営完了して、十時四十分くらいにお手洗いに行った。女子トイレは混んでいて、出てきたら十時五十二分。再び会場に入ろうとしたら、運営の人に「開場十分前は締め切っています、一般のお客様と一緒に入ってください」と言われて絶望。この長蛇の列に並ばねばならぬのか。再入場するたびに使う、出店者である証のカタログを見せても「入れられません」の一点張りだった。困っていたら同じ境遇の人が何人かいたようで、たちまち運営の人にブーイングが上がった。
「なんのために出店者にカタログを配っているんですか?」「ブースにお金置きっぱなしなんですよ」「女子のトイレはすごく並んでたんです!」とちょっとした騒ぎになった。わたしは「遺憾です」 といった顔をしながら、関口さんに「締め出されました、うける」 とDMを送ろうとしていた。その間にもみんなキレ散らかしている。出店者のあまりの剣幕に運営側も負けたのか、五十八分くらいに入れてもらった。 

 

慌てて仮面をつけて着席。諸事情がありいよいよ顔を出せなくなった。わたしごときが顔見せNGなんて生意気に思われただろうが、 以前イベントで盗撮されてツイッターにあげられたり、住んでいるところを教えて欲しいとメールが来たり、DMで粘着されたり、実は散々な目に遭っている。面倒くさいので顔は出しません。

 今回は「僕のマリ」ブースというより「出張本屋lighthouse」といったほうが正しかっただろう。関口さんがiPadを使ってお金の計算と売り数を打ち込んでいた。
寄稿させていただいた『つくづく』の刊行人・金井さんが見えて、今度下北沢B&Bで開催されるイベントのチラシをくださったので 「ありがとうございます!バイト先に置きますね!」と言ったが、 ブースに置いて宣伝する用だったことに三時間くらい経ってから気づく。わたしは何がしたいのだろう。恥ずかしくて死ぬかと思った 。
イベントは緊張するけれど楽しみです。みなさまふるってお越しください。 


文学フリマが始まるまで、『まばゆい』が売れなかったらどうしよう、という不安がかなり強かった。今回は本屋lighthouseに初めての版元になっていただき、 写真も品子にお願いして何度も撮り直した。気持ちを込めたぶんだけ、楽しみより恐怖が勝った。こんな気持ちになるのは初めてだっ た。夏が終わった頃から、八キロ痩せた。
『まばゆい』は題字だけで内容がわかる本ではない。名前だけで手にとってくれる人がいるほどの知名度もわたしにはない。純粋に「 文章」のみで挑んだこの一冊が、売れない可能性は十分にあったと 思う。もちろん、売れる、売れないがすべてではない。しかし、 暗い部屋でひたすらに書いたこの祈りが誰にも届かなかったら。そういうことを考えるたび、 心臓のあたりがきゅっと冷えた。

開場してすぐに、新刊を求めてブースに来てくださる人がいた。知ってる顔も知らない顔もあった。列が出来ていた時には涙が出そう だった。お礼を言って、挨拶を交わして、 握手を求められたらぎゅっと握った。あまりの体温の低さにみんな驚く。ひとりひとりの顔を、表情を、見逃さないようにした。素顔だったら人と目をあわすことすら苦手だが、仮面のおかげでそれができた。「部数限定」とアナウンスしたのを気にして、自分のブースを空けて買いに来てくださった女の子たち。ずっと応援していた作家さん。ずっと応援してくださっているファンの方、友人たち。
 昼下がり、『まばゆい』は完売した。最後の一冊は下北沢B&Bの内沼晋太郎さんの手に渡った。

完売で深い安堵に包まれたが、タッチの差で買えなかったお客さんの顔を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。それでも「 応援しています」と声をかけてくださった方が何人かいて、早めに 帰ろうと思っていた気持ちがふっとんだ。新刊の感想をさっそく伝えに来てくれた青年もいた。生の声を聞けて、感無量だった。
ブースに一度立ち寄った女の子に「新刊は売り切れたんです」と伝えた。目がぱっちりとした、かわいい子だった。書き下ろしのエッ セイを渡し、若干数の通販があることを伝えると、彼女は去った。 しばらくして、またわたしのブースに来て「すみません、どうしてもお話してみたかったんです」と震える声でこぼした女の子は、 涙を流していた。わかるよ、と言いたかったけど、バッグのなかで くちゃくちゃになっていたティッシュを渡すことしかできなかった 。
今年、自分が大好きな作家さんとお話する機会に恵まれた。ずっと雲の上だったような存在の、自分のお守りになるような本を書いた人たちに初めて会ったとき、言葉より先に涙が出た。 わたしにとって東京は、それがかなう場所だった。
彼女は真っ赤な目で、ブログは全部読んでいる、本もすべて持っている、イベントにもずっと行きたかったけれど日にちがなかなか合わなくて、と一生懸命話してくれた。自分のことをこんなに応援し てくれる人がいることを知って、書いててよかった、と思った。
わたしが強くいることが、応援してくれる方への恩返しだと思う。

 

落ち着いたので店番をお任せして、自分の買い物をした。あまり買いすぎないようにしよう、と思っていたのに、気づいたら両手いっぱいに買っていた。安達茉莉子さんのブースでご本人にお会いでき て、即興のメッセージつきサインをいただく。宝物ができた。お友達のPARTYとmannさんの短歌集もゲット。岡山からいらしたmannさんに 「この前のツイート面白かったです」と伝えたが、多分わざわざ文学フリマで言うことではなかった気がする。餅井アンナさん、 飯塚めりさんのブースで雑談。うれしい。でこ彦さんに取り置きを 頼んでいた新作を受け取り、まだ読んでいないのに緊張。 連載の感想を伝えたかったのに、うまく言えず。はやく読みたい。 そのほかにも色んなブースに伺った。みなさんやさしくしてくださりありがとうございます。財布の有り金が尽きたので関口さんを恐喝して二千円借りた。町屋良平さんが寄稿されている合同誌が絶対に欲しくて終了十分前に慌てて買いに行ったら、 ブースにまさかのご本人がいらした。緊張したが、 サインもいただきうれしかった。挙動がおかしくなっていて不気味だったと思うので猛省。町屋さんの新刊の感想は改めてブログに書く。

 

こだまさんが寄稿されているので、絶対に手にしたいと思っていた 『生活の途中で』が完売で肩を落としていたら、寄稿者である久保いずみさんがブースに来てくださった。実は共通の知人がいる、 という話で盛り上がる。『生活の途中で』が欲しかった、とこぼしたら「汚れていて、ミワさんが売りたくないと言っている 一冊ならあるので、確かめてきます」とのこと。わがままを言って買わせていいただいた。大切に読む。

 

汗だくで終了時刻を迎えた。この日、天気がよかったのと、雨上がりの湿度と会場の熱量でとにかく暑く、冷房をつけていても汗をかくほどだった。セーターの落とし物のアナウンスに、伊藤さんとくすくす笑った。
いままで売り子は友人の女の子に頼んでいたのだが、今回初めて男性に頼んで、かなりの厄除け(言い方失礼)になることに気づいた 。アドバイスおじさんや粘着してくる人がいなかった。これは本当 にありがたい。トラブルなしで終われてほっとした。

 

撤収してから、生湯葉シホさんとyoeさんにお声がけいただき、 関口さんと四人で打ち上げ。店番中は水分を摂るのもやっとだったので、空きっ腹にお酒を流し込んで無事死亡。座ったまま事切れてしまった。このあたりから記憶を失っている。LINEで品子に「 完売した」という旨を送ったが、誤字がすごかった。どうにかこうにか最寄りにつき、いただいた花束を抱えて帰宅。うれしいメッセージをたくさんいただき、満たされた気持ちで眠った。

 

『まばゆい』は11月30日土曜日の正午から、「若干数」の通販 と(冊子は本当にわずかです)、PDFでのデータ販売(無限) が行われる。版元であるlighthouseさんのツイッターをチェックしてください。

「ある日、嫌いな常連の訃報で爆笑した」 という最低の書き出しで始まるエッセイも、通販ぶんに封入予定です。二百部以上刷ったけどなくなった。自分で書いたのに読み返すたびに噴き出している。

 

最後に、来てくださったみなさま、本当にありがとうございました。
来年は地元福岡、ソウルメイトが住む大阪の文学フリマにも出店したいです。

街頭のネオンが瞬いていて、冬がやってくるのを感じる。
雨の降る夜、高円寺の七ツ森にて。春を待ってる。

 

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好きだけど愛せやしない

真夏でも氷のようにつめたい手足が、いま、感覚を失っている。熱い湯を沸かしながら部屋のオレンジの光をつけて、何度も何度も聴いたギターの音をなぞる。入浴剤はラベンダーがいい。淡いむらさきの色が好きだから。

 

私小説『いかれた慕情』を出してから一年が経とうとしている。執筆から入稿まで三週間で仕上げたあの同人誌は、全部書き終わったあとにタイトルを付けた。

この一年は本当に激動の年だったように思う。知り合いも増えたし友だちもできた。自分のなかに眠る暗さや激しさ、核のようなところをわかってもらえる人なら、歩み寄る勇気も出た。

 

あれから一年、今回また「僕のマリ」名義で一冊新刊を出す。自分ひとりだったら出来なかったかもしれない。書くことは好きだけど、「形にする」ことが悉く苦手だった。そんなときに千葉の本屋lighthouseの店主、関口竜平さんから声をかけていただき、新刊を作るに至った。

 

わたしと関口さんとは二回しか会ったことがない。初めて会ったのは今年の春の文学フリマ東京だった。ブースに来た青年が、にこにこしながら黒い名刺を渡してくれた。サークル「藪」の打ち上げに彼も同席していたが、喫煙者は隅のほうで固まっていたので会話はしていない。ただ、爪切男さんの計らいで、わたしの「先生」のような存在のこだまさんと向かい合ったとき、思わず涙が出たのを、彼はしっかりと見ていた。

 

後日、DMで「僕と一緒に恥をかきましょう」と言って、lighthouseでわたしの作品を取り扱っていただくことになった。「わたしは一生、恥をかき続ける」という一文は、『いかれた慕情』のあとがきに寄せたものだ。笑われるだろうか。この青さすら、わたしはかけがえのないものだと思っている。

 

新刊『まばゆい』には小説とエッセイを寄せた。文量としては、『いかれた慕情」とあまり変わらないはずだ。

小説なんて、一から話を作るなんて、わたしには出来ない、ずっとそう思っていた。

そんなとき、自分で書いたコラムを読み返した。「書くことは、自分が自分でいられるためのたったひとつの魔法だった」という一文を読んで、初心に立ち返った。

 

ずっと空想のなかで生きてきた。

共働きの両親のもとに生まれ、幼いころから転校や引越しを繰り返し、兄弟とも年の離れたわたしは、ひとりでいることが多かった。物心ついた頃から音楽や本が好きだった。「対話」が苦手な子供に育ち、ずっと空想に耽って過ごした。

 

「もしも〜だったら」ということを、いつもいつも考えていた。もしも歌手になれたら。もしも一人っ子で親に構ってもらえたら。もしも魔法が使えたら。

そんな「もしも」は、読み書きできるようになった年頃から、物語として紡がれていった。学習机の一番うえの鍵がついた引き出しには、小説とも日記ともいえない文章が書かれたノートをこっそり仕舞っていた。学校から帰ってきたら書いて、読み返して、また空想の世界に戻る。わたしがぼーっとしていたのは、こっちの世界にいなかったから。

 

ふいにその時のことを思い出した。

わたしの小説には謎解きもなければ魔法もない。ハラハラするような展開もなければ、ドラマチックなラストもない。それでも、書きたいことを書いたら、「ほんとう」のことだけが残った。

処女作の『ばかげた夢』がそうであったように、感覚を頼りにして書いた作品を、どうか誰かに読んでほしいというのは、おこがましいだろうか。

 

エッセイのタイトルが空欄になっているのは、ぜひ読んでから理解していただきたい。

 

『まばゆい』という短編集を作るにあたり、表紙の写真を品子にお願いした。

彼女が手がけた写真集「街の灯」を見たときに、見つけた、と思った。彼女とはまったく違うコミュニティで出会ったので、お互いに表現をしていることはずっと話していなかった。ある日、ふと渡された写真集を見ていたく驚いた。それは静かに宿る熱を感じる作品だった。

作品のタイトルに共通する光、その光を求めて品子と写真を撮って歩いた日のことを多分忘れないだろう。

 

表紙の、足元がおぼつかない人影はわたし自身。まだまだ不安定な自分、正体不明の存在、その光と陰を見事に写した一枚だと思う。品子ありがとう。

 

 

当日はブース【テ-43】に関口さんとふたりで立つ。『まばゆい』は処女作と同じ部数しか渡らない。この冊子の増刷はない。

最後に、「誰かのお守りになるような本を作りたい」と言っていた関口さんとコンビを組めたことを、光栄に思う。

 

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いつか動かなくなる時まで遊んでね

 

9月1日日曜日、晴れ。
早起きしていつもより少し丁寧に身支度をして電車に乗る。井の頭線小田急線ともに久々だ。長いスカートを踏んづけそうになりながら乗り換えて、着いたのは世田谷代田。
初めて降りる駅だ。降り立つとほぼ閑静な住宅街で、鎌倉通りを一直線に歩く。
十分経たずして着いたのは「邪宗門」。
きょうは喫茶店観察家・飯塚めりさんとデートなのである。
めりさんとは公私ともに繋がりがあり、わたしが彼女の作品を好きな影響もあって、仲良くさせていただいている。

荻窪にある邪宗門は何度か行ったことがあるものの、世田谷邪宗門は初めて。お店の佇まいが渋い。

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待ち合わせの時間より少し前についたので、一足先に店内へ。
もう、店内がすごい。火縄銃や踏み絵が飾ってある。これってこんなカジュアルに飾るものだっただろうか。先客は世田谷ボーイっぽいお兄さん一人。
マスターが持ってきてくれたお冷やに口をつけながらメニューを眺める。
メニュー自体はそんなに多くないものの、「あんみつコーヒー」などの謎メニューに思考を巡らせる。全然想像はつかないがおすすめのようだ。

めりさんが到着。お会いするのは二週間ぶりだろうか?
秋らしいキャメルのワンピースでかわいい…と感激した。もう9月だということを大音量の蝉の声で忘れていた。
メニューを眺め2人でウンウンうなる。あんみつコーヒーをマスターにおすすめされる。
「どんなものなんですか?」と聞くと、写真を見せてくれた。あんみつに熱いコーヒーをかけて食べるらしい。アフォガートみたいだった。

悩んだ末、わたしはレアチーズケーキとアイスコーヒー、めりさんはアイスウィンナーコーヒーとトーストを注文した。マスターおすすめのあんみつコーヒーをパスしてしまった後ろめたさを感じる。 申し訳ないが気分ではなかったのだ。
注文したものが運ばれてきたとき、めりさんがスケッチブックを取り出してササササとスケッチを始めた。キター! と叫びだしたいのを抑え、しばし眺める。二人とも違うものを頼んだので見栄えもいい。アイスコーヒーは氷がいっぱい入ったグラスに熱々のコーヒーを目の前で注がれるスタイル。こういうのはテン ションが上がるので好きだ。おいしそうだった。

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そして一口飲んでびっくり、加糖だった。そこから加糖アイスコーヒー談義。昔ながらの店だからか(加糖が流行っていた時代があった説)、 それとも、関西圏の喫茶店はアイスコーヒーといえば加糖が多いので、マスターが関西人なのかとか、しばし喫茶談義に興じる。

静かにおしゃべりをしていたらマスターがおもむろに近づいてきた 。
壁に飾ってあるものの説明が始まる。
「これね、踏み絵」「へえー、本当に踏まれていたんですか?」「 ……」
あろうことか無視された。ええ…と思ったけれど、わたしの声は小さくて聞き取りづらいとよく言われるので仕方ないことだ。
それから、お店が舞台となったアニメの画像が印刷されている紙を見せられたり、新聞の切り抜きを見せられたりした。わたしもめりさんもこういうのは黙って受け止めるタイプだった。そうですか、 なるほど、などと言いながら甘いアイスコーヒーを飲む。

めりさんが「もう一軒どうですか?」と言ってくださったので、喜んでついて行く。下北沢までお散歩がてら歩いた。いい感じのカフェがたくさんあり、めりさんいわく「需要が高いのでしょう」 とのこと。世田谷の人はきっと裕福で文化的な暮らしをし ている。
そうして行き着いたのは「花泥棒」。めりさんがいくつか提案してくださったときに、名前が最高だったのでそこにしてもらった。 13時前に入店して、お客さんはちらほら。 ここは建築がすごかった。席がちょっとした迷路のようになっていて、どこに座ろうか悩む。窓際に座って、人々の往来を眺める。

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今度ゲストで出るイベントの相談、文学フリマの話、凄い喫茶店の話をした。凄い喫茶店というのは本当に凄くて、どう凄いのかはあまりここでは書けないので、直接聞いてください。ヤバい店を紹介する冊子を作ってみたいなと思った。それとは関係なく、わたしの好きな喫茶店西荻窪のそれいゆと高円寺の七ツ森。

お茶をしていたらだんだん混んできたので、下北をぶらぶらすることに。
日曜日のせいもあってか、人が多かった。二十歳くらいの頃はバンドをやってい た関係で週に一回くらいは下北に来ていたけれど、 ここ数年は全く足を踏み入れていない。駅前は再開発でずいぶん変わっていた。駅の近くのセブンイレブンの店の前に、「セブンアンドアイフォールディングス」のロゴの形に刈り取られた植え込みを発見して爆笑した。

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散歩しながら、「『ネグラ』っていう喫茶店に行ってみたいんです 」とさりげなく言ったら一緒に行ってくださることになった。うれしい。駅近だったので来た道を戻り、奥まった場所にある「喫茶ネグラ」にたどり着いた。三組待ちだったので、近くで時間をつぶすことに。
無印良品に行きたいです」とリクエストして駅前の無印へ。無印大好き。文房具は普段あまり使わないけれど魅力的な商品が多いので、つい買ってしまう。適当なノートがほしかったので雑記帳を買 った。50円しなかったと思う。筆箱やカードケース、携帯用の除光液(あまり売っていない!)などを購入。ほんとうはタオルや収納道具も買いたかったけれど荷物になるので我慢。
頃合いを見計らってネグラへ戻る。ちょうど空いたところでラッキーだった。知り合いの女の子が働いているので、その子に会えてよかった。写真が上手な子で、ZINEも出している。
ネグラでのお目当てはクリームソーダ。メニューを見るととにかくいろんな色があって悩む。ラベンダーと悩んで、スミレのクリームソーダを注文。以前大阪の喫茶店でヴァイオレット・フィズを飲んでからというものの、スミレが大好きになった。 客足は途絶えず、わたしたちがいる頃にはすでに七組待ちになって いてびっくり。みんなネグラをめがけて来るのだろうか。やがて運ばれてきた淡い紫のクリームソーダを見てうっとり。

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頂上にはアラザンが載っていて、グラスにはライムが添えてあった!!!「色に 合わせて果物も変えているのでしょう」と考察した。さくらんぼが載っているものもあったし。
めりさんがまたすごい速さでスケッチされていた。速いだけでなく精度も高いので、見ていてため息が漏れた。ロゴも完全再現していて驚いた 。あまりに緻密に模写されていたの少し笑いが漏れるほど。しばらく文房具の話になり、使っているペンを教えていただいたので近々探してみよう。

よい時間になってので解散して、わたしは野暮用で一旦新宿へ。すぐに終わり、また下北へ戻る。夜は町屋良平さんと高山羽根子さんのトークイベント「「わかる」ことと「おもしろい」こと」 を聴きに行った。高山さんの『カム・ギャザー・ラウンド・ ピープル』の刊行記念のイベント。

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あまり詳しく書くとネタバレになってしまうので書けないけれど、 高山さんが小説を書くときに使っている手法に、町屋さんが「すご ーーーーい!」と感嘆していたのが良かった。お二人とも装丁は編集さんにすべて任せている、と仰っていたのも印象的だった。わたしは本のジャケ買いが好きなので、そういう話を聞けてうれしい。

 

トークはあっという間で、休憩時間にババババーっと質問用紙に記入し、スタッフに渡す。ビールのおかわり、とカウンターに行ったら、先にいたお客さんが安達茉莉子さんのZINEを持っていた!つい、「これ、わたしも欲しいのですが在庫はありますか」と聞いてしまう。狂人っぽい。

かぼすビールとZINEをゲットしてほくほく。わたしの横の席の人は三杯目のワインを飲んでいた。

 

イベントが再開され、今度は質問と感想にお二人が答えてゆくコーナーになった。なんとわたしの書いたものが読み上げられて恥ずかしかった。

なぜ恥ずかしいかというと、町屋さんの魅力について熱く語るオタク構文で書いてしまったからだ。酔っ払ったときの文章は禁止にした方がいい。

 

わたしは町屋さんの作品にみられる感情の機微、および細やかな描写、傷ついたときの表現などがとても好きで、それを読むたびに「ああ、そうだった、この感覚をずっと言葉にしたかったんだ」とみぞおちのあたりがシクシクするのだけれど、そこが良い!!小説の醍醐味!!と熱弁をふるってしまった。

多分耳まで赤くなっていたと思うのだけれど、町屋さんが「感無量です」と仰ってくださったのでほっとした。

 

無事イベントが終わり、サイン会のときに「応援してます」と言えて良かった。オタク脳なので「ああ、僕のマリさん!」と、認知されていることもうれしかった。変な名前で活動していたのが功を奏した瞬間だった。

 

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好きな作家さんにはずっと活動していてほしいので、もっと出版社に葉書を送ったり、人に薦めたりしよう!と意気込んだオタクなのであった。

 

 

 

 

汚れたせっかくの一張羅

群馬県前橋市にある「世界の名犬牧場」へ。犬が好き過ぎて、定期的に犬に触れないとおかしくなりそうなのだ。

 

伊香保温泉に宿を取り、温泉を満喫して、電車とバスを乗り継ぎ名犬牧場へ向かった。

交通の便に関しては車が断然おすすめだが、わたしは免許を持っていないので公共の交通機関を使うほかない。山の中にあり、決してアクセスがいいとはいえないが、片道四時間かけても、名犬牧場の犬たちに会いたい。

 

この日の群馬県は晴天。風は肌寒いが日差しは暖かい。

バスを降りて山道をしばし歩き、入場券を買って(大人650円。安過ぎる。正気か?)いざ犬たちのもとへ。

 

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いたいた。みんな元気そうで何よりだった。

 

在籍している犬は皆かわいいが、特に推しているアメリカン・コッカースパニエルのクーちゃんを見つけ、思わず「クーちゃん!」と叫ぶ。はっとこちらを見るクーちゃん。かわいすぎる。

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久しぶりだね。
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同じくアメリカン・コッカースパニエルのひじきもてくてく歩いてきた。前回訪れた時はひじきは育児休暇をとっていたので、かなり久しぶりだ。見切れている犬はエアデールテリアのケラン。おやつ泥棒である。

 

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屋内は寒かったので、ヒーターの前が人気があった。そんなに近づくと焦げてしまうのでは…

 

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手前の目力が凄い犬は、キャバリア・キングチャールズスパニエルの北斗!でっかいまろ眉がチャームポイント。北斗の背中を触ったらアツアツだった。ベンチの下では、ひたすら下の犬が上の犬にカキカキされていた。下の犬は、自分の背中で土掘りをされているのにも関わらず、呑気な顔でスルーしていた。

 

歩みを進めて、大型犬のコーナーへ。

大きい子たちは触れ合うことはできないが、柵越しに眺めることができる。

 

バーニーズ・マウンテンドッグ、スタンダード・プードル、ゴールデンレトリバー、ボクサー、エアデール・テリア。

 

柵越しにかわいいねえ、かわいいねえ、と愛でていると、ボクサーのボックスが突然唸り始めた。そして何度も吠えた。同室のゴールデンレトリバーアムロ君に絡んでいる。不穏な空気が訪れた。

アムロ君はもうおじいちゃんだ。先輩犬に執拗に絡むボックス。小型犬、中型犬同士で喧嘩が勃発することはよくあるが、たいてい一瞬でおさまる。しかし、大型犬の喧嘩は少し怖い。

 

執拗にアムロ君に絡み続けるボックス。

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めちゃくちゃ悪い顔をしている。

 

ようやく、アムロ君が大きな声でワン!と吠えた。とうとう喧嘩が始まってしまうのか、と固唾をのんでいると、アムロ君は突然排便を始めた。

 

プルプルと震えながらゆるいうんちを出すと、すかさずボックスがやってきて、液状化したうんちを、ものの10秒で平らげた。ペロペロッ!と、綺麗に床を舐め回すボックス。目の前の光景がなんとも受け入れがたく、唖然とするわたしをよそに、ボックスはアムロ君の肛門を舐めておかわりを催促していた。

 

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そんなボックスの願いは叶わず、アムロ君はご老体を横にして、休憩しだした。
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ボックスはうんちを食って満足したのか、吠えるのをやめてお澄まし顔でこちらを見ていた。

同室の犬たちの表情が、満員電車できちがいが現れた時の乗客のそれになっていた。全員が、ボックスと目を合わせないように遠くを見ている。

 

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ボクサー犬が同室のゴールデンレトリバーを恫喝してうんちを強請る様子を間近で見せられるなんて、たまったものではない。

 

「クソ喰らいのボックス」瞬時に彼の通り名が浮かんだ。

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図らずも、正岡子規のような写真が撮れてしまった。
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弱冠1歳のボックス。なんと末恐ろしい。

 

気を取り直して、おさんぽ体験。

好きな犬を指名して30分場内をおさんぽできるサービスだ。

せっかくなのでおさんぽすることに。指名したのは、ゴールデンレトリバーのオニオンくん。せっかくならデカい犬がいいと思って選んだが、係の人に「オニオンくんは力が強いので男性の方にリードを持って頂きます」と指示され、わたしはビニール袋とティッシュを一枚渡された。うんち処理班に任命されたのである。

オニオン君が来るのを待つ。デート前のような胸の高まり。きたー!!でっかくてかわいい。フンスフンスとわたしの匂いを嗅いでいる。

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ルンルン気分でオニオン君との蜜月を楽しもうとしたものの、お散歩を開始して5分ほどで彼は全く歩いてくれなくなった。困惑する我々をよそに、オニオン君は突然うんちをした。慌ててビニール袋をセットしようとしたものの、間に合わない。下手くそな野球部員のように取り損ねる。オニオン君のうんちもかなりとろとろで、ここの犬は揃いに揃って軟便だな、とひとりごちる。

係の人に渡されたティッシュ一枚では取りきれず、ポケットに偶然入っていたウエットティッシュで頑張って掬ってビニール袋に入れた。とろとろすぎて、土ごといった。めちゃくちゃ臭かった。わたしは1000円払って犬のうんちを処理しているドM女。最終的にはうんちを取りきれず、そのへんにあった落ち葉をかけて隠蔽した。申し訳ございませんでした。

 

傷心のわたしは、再びふれあいコーナーに戻り、クーちゃんといちゃいちゃする。自撮りを試みていたところ、ボルゾイが新幹線のような顔で割って入ってきた。

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激写

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犬サーの姫ことわたし。多分脳から変な汁が出ていた。

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来月もしれっと訪れようと思っている。

ゴールデンウイークは、世界の名犬牧場へ!

https://www.meiken-bokujou.com

 

 

きみはぼくのまぼろしだった

土曜日の夜、なんだかなあと思いながらぼんやり過ごしていたらリノちゃんから猛烈にLINEがきていた。

彼女は週末に大阪から東京に遊びにきていて、わたしたちが遊ぶ約束をしているのは月曜日のはずだったが。

「いまからお茶せえへん?」との誘いに二つ返事でオーケーする。時刻は22時過ぎ。お正月に会って以来なので、およそ3週間ぶりくらいのリノちゃん。わたしの本を読んだことがある人にはお馴染みのリノちゃん。見ていなかったLINEは5件くらいきていて、当然返事はしていなかったのに、いざ返すともう近くの東中野まできているという。

 

リノちゃんもわたしもお気に入りの喫茶店で、真夜中のコーヒーゼリーアメリカンコーヒー。いけないと思うことほど、いい。

成田空港は吹雪いてたとか、お兄さんのお店に行ってきたとか、一生懸命喋っていた。お茶をしながら月曜日の予定を立てた。あえて言わなかったけれど、わたしは喫茶店は基本的にひとりで行く。打ち合わせで使うこともあるけれど、こうやって誰かとお茶をしながら遊びの予定を立てたりすることがなかったから、いちいち嬉しくなった。上機嫌のわたしはhanakoの喫茶店特集なんかを持ってきたりして、パフェの写真でわあわあ言った。

わたしたちは二人ともかなり気分屋なので、行きたいところが二転三転する。そしていい意味でテキトーなので気楽だ。その場その場で提案してどこかに行くのは、リノちゃんと遊ぶ時の鉄板スタイルだ。気分って絶対に変わるし。

いい時間になったので解散した。

リノちゃんは日曜日に格闘技の試合を観に行くので近くにホテルを取っているのだった。

 

そして月曜日、早起きして支度。

「表参道に11時集合」というセレブすぎるスケジュールにドキドキする。

わたしは電車を間違えまくったのだが、結果的にリノちゃんと同じ電車だった。

 

ずーっと行きたかった青山フラワーマーケットのカフェへ。お花屋さんの奥にあるカフェスペースで、お花に囲まれながらお茶をできる夢のようなお店。

一歩足を踏み入れれば、薔薇の香りがふわっと鼻を掠める。店内を彩る無数の植物を眺めているだけで心まで華やぐ。

 

ブランチをして、リノちゃんはオシャレなサンドイッチ、わたしはツナを挟んだパンみたいなものを食べた。美味。リノちゃんは好きな味のパンだったみたいでとても喜んでいた。

店内がとにかく美しいので写真を撮る。

でも撮りすぎたらお店の方に迷惑かな、と思って少し遠慮した。お花って大好き。貰うもので一番嬉しいものはお花だ。カフェを出てお花屋さんを覗いて帰るも、後ろ髪を引かれる思いで店を出た。もう増やせないのに、きれいなまるっこい花瓶まで欲しくなった。

 

近くに台湾のパイナップルケーキ屋さんがあるというので着いて行く。

そのお店が物凄い建築でギョッとする。閑静な住宅街でひときわ目立っていた。リノちゃんは友達に買って帰りたいと言って、お土産用のパイナップルケーキをご購入。ケーキとお茶のサービスがあるのでどうぞ、と誘われて台湾茶と林檎のケーキで一服。しみしみのケーキが美味しい。食べ終わると、ケーキのお砂糖が口の端についていて、舐めたら二度美味しかった。

 

そこから浅草へ向かう。銀座線で一本。

最近競馬にハマっているリノちゃんが、「競馬のパドック(レーンを周回するやつ)で勃起してる馬がおんねんで!」と画像を見せてくれて、それが本当に立派過ぎて電車の中でイシシ!!と笑ってしまう。リノちゃんも笑いながら「馬も恥ずかしいやろ〜、パンツ履かせたったらええのになあ」と言っていた。

わたしはといえば、しょっちゅう行っている群馬の名犬牧場で、柴犬と自撮りしようとしたらお尻を向けられたので、ずっと「アナルとわたし」だと思っていた写真があるのだが、よーく見てみると、それはアナルではなくメス犬の膣の部分で、アナルは少し上に申し訳程度にあって、「膣とアナルとわたし」だったことを独白するとめっちゃ笑っていた。

 

そうこうしているうちに浅草についたので浅草寺へ。リノちゃんはお祭りとか屋台とかが大好きなようで、仲見世通り楽しみやな!と意気込んでいた。

わたしは数年ぶりの浅草。ついつい飲みたくなる気持ちを抑えて浅草寺の中へ。月曜日だったのに結構な人混みで、土日は凄いんだろうね〜と言いながら人をかき分ける。わたしが人に思いっきりどつかれてムスっとしていると、「観光で来とる外国人とかに、日本人意地悪や思われたないから頑張って堪えんねん」と良いことを言ってくれた。ヨッ!リノちゃん!

 

お参りして、喫煙所でやーっと煙草を吸って(オシャレな店はまず吸えない)、観光客がばらまくお菓子に群がる鳩から自分に似てるのを探したりして、おやつを食べに甘味処へ。リノちゃんはクリームあんみつ、わたしは田舎おしるこ。おばあさんになったらこういうところで働くのもいいな。

カバンを整理していたリノちゃんが自然な動きでわたしにチョコレートをくれて、わたしも自然に受けとる。さっきレーズンサンドをもらったばかりだけど。

 

浅草を出てから、狙っていた新橋のキムラヤという喫茶店へ。本当はプリンアラモードも食べたかったけど、お腹がパンパンだったのでアメリカンコーヒー

しゃばいコーヒー、って言って関東の人に伝わるだろうか?シャバシャバの、薄い、という意味で、リノちゃんはしゃばいコーヒー、ビール、ポカリが好きだと言う。こっちで東京の子に「しゃばい」と言ったらハテナがたくさん浮かんでいたので、関西圏の言葉なのだろう。言葉って不思議よね、って話をした。わたしは「なおす(元の場所に戻しておいて)」と言うのがなおらない。なおすがなおらない。母親が大阪で父親が福岡なので、わたしは少し独特の喋り方をしているらしい。方言や訛りって面白い。

 

夕方になって、わたしは別の用事、リノちゃんは飛行機の時間があるのでお別れになった。「わたしの行きたいとかばっか行ってごめんなー!」と謝っていた。「全然〜」と言葉少なく答えたけど、リノちゃんが行きたいところはだいたいわたしも行きたいところなのだ。

 

新橋駅のホームでいよいよバイバイするとき、リノちゃんは自分が好きで買ったはずのかりんとうを、強引にわたしに握らせて「ほな」と去っていった。もっとも、彼女の大きな愛は、わたしの小さなカバンには到底入り切らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

嫌われても好き

お世話になっている女性が入院しているので、お見舞いに行くことにした。朝はやく家を出て、鍵を閉めてから手土産を忘れたことに気づく。電車からバスに乗り換える。降りる改札がわからなくて当てずっぽうに出たら反対側で、慌ててバス停があるほうの改札を目指す。目の前で無情にもバスは走り去り、時刻表を見たら15分ほど後にしかこないようだったので、少し歩いてみる。季節外れの銀杏並木が綺麗で、落ち葉を踏みしめながら歩く。バス停3駅分くらい歩いたところで、花屋にチューリップが売ってあるのを見つけた。病室で待っている人の顔がすぐに浮かんで、反射的に買ってしまった。あの人はチューリップがとても似合うから、絶対にあげたいと思った。ラッピングしてもらっている間、次に乗ろうと思っていたバスがまた通り過ぎた。花瓶が必要だったけれどめぼしいところがなくて、コンビニのプラスチックのカップを慌てて買った。花束とコンビニの袋を提げてしばし呆然とする。バスはもうしばらくこない。面会の時間は限られている。タクシーに乗ろうと思ってずっと道路沿いを佇んでいたけれど、一向に捕まらない。駅まで行ったらいいのかもしれないけれど駅がどこだかわからない。近くに交番があったけれど、何故か聞く勇気が出ない。タクシーは捕まらない。訳がわからなくなって泣きそうになる。花屋にさえ寄らなければ。わたしってどうしていつもこうなんだろう。なんで当たり前のことが出来ないんだろう。どうして、どうして。半べそをかいていたところで、やっとタクシーが見つかって平気なふりして乗り込んだ。初めて行く病院の名前を告げて白いシートに身を沈めた。ラジオでは科学の先生が冬休みの子供達に電話で質問に答えている。どうして冬は窓に水滴が付くのか、どうしてアリは土の中に巣をつくるのか。先生に、どうしてわたしはこんなに頭が悪いのか教えてほしかった。疲れきって窓にもたれてうとうとする。小さな女の子のたどたどしい声で最後の質問が読まれた。

「どうしてチューリップは、たねが無いのですか」

その瞬間、初老の運転手とミラー越しに目があった。