うわごと

僕のマリ

嫌われても好き

お世話になっている女性が入院しているので、お見舞いに行くことにした。朝はやく家を出て、鍵を閉めてから手土産を忘れたことに気づく。電車からバスに乗り換える。降りる改札がわからなくて当てずっぽうに出たら反対側で、慌ててバス停があるほうの改札を目指す。目の前で無情にもバスは走り去り、時刻表を見たら15分ほど後にしかこないようだったので、少し歩いてみる。季節外れの銀杏並木が綺麗で、落ち葉を踏みしめながら歩く。バス停3駅分くらい歩いたところで、花屋にチューリップが売ってあるのを見つけた。病室で待っている人の顔がすぐに浮かんで、反射的に買ってしまった。あの人はチューリップがとても似合うから、絶対にあげたいと思った。ラッピングしてもらっている間、次に乗ろうと思っていたバスがまた通り過ぎた。花瓶が必要だったけれどめぼしいところがなくて、コンビニのプラスチックのカップを慌てて買った。花束とコンビニの袋を提げてしばし呆然とする。バスはもうしばらくこない。面会の時間は限られている。タクシーに乗ろうと思ってずっと道路沿いを佇んでいたけれど、一向に捕まらない。駅まで行ったらいいのかもしれないけれど駅がどこだかわからない。近くに交番があったけれど、何故か聞く勇気が出ない。タクシーは捕まらない。訳がわからなくなって泣きそうになる。花屋にさえ寄らなければ。わたしってどうしていつもこうなんだろう。なんで当たり前のことが出来ないんだろう。どうして、どうして。半べそをかいていたところで、やっとタクシーが見つかって平気なふりして乗り込んだ。初めて行く病院の名前を告げて白いシートに身を沈めた。ラジオでは科学の先生が冬休みの子供達に電話で質問に答えている。どうして冬は窓に水滴が付くのか、どうしてアリは土の中に巣をつくるのか。先生に、どうしてわたしはこんなに頭が悪いのか教えてほしかった。疲れきって窓にもたれてうとうとする。小さな女の子のたどたどしい声で最後の質問が読まれた。

「どうしてチューリップは、たねが無いのですか」

その瞬間、初老の運転手とミラー越しに目があった。