うわごと

僕のマリ

もぐもぐ日記

「普段何考えてるんですか?」

そう聞かれて、うーんと悩み、

「食べ物のことかな……」と返答した。

質問してきたのが年下の男の子だったので、つい気が緩み素直に答えてしまった。事実、朝起きてから夜寝るまで、頭のなかのほとんどを食べ物のことが占めている。まず、朝はいちばんお腹が減っている。よく寝起きは食べられない人もいると聞くが、わたしは何時に寝ようが、朝お腹がすいて起きる。寝起きはそんなに良くないものの、すぐに湯を沸かして白湯を飲み、パンを焼いたりベーコンを炒めたりする。食いしん坊なので食パンは4枚切りだ。6枚切りではひもじい気分になってしまう。ふかふかの4枚切りを希望する。冷蔵庫にはごはんのお供ならぬ食パンのお供が多々ある。バター、マーマレード、いちごジャム、マロンペースト、ピーナッツバター。喫茶店で働いていた頃は、モーニングのトーストにこれでもかというほどバターを塗りつけていた。「マリちゃんのバターしみしみトースト」と呼ばれていた。滴るほど塗る。熱々のトーストの上を、塩っ気のあるバターがすべる様子はいつ見てもうっとりする。使っているパンも上質なものだったので、わたしはいまでも喫茶店のトーストにはうるさい。付け合わせにはサラダとベーコンと卵がほしい。朝は眠いので、夜のうちにレタスやトマトを洗っておく。卵は目玉焼きかスクランブルエッグ。目玉焼きには塩胡椒かウスターソースをかけたい。食後にコーヒーを飲んで一服する。家で飲むコーヒーにはそんなにこだわっていない。朝はコーヒーを飲みたいのでパンだけど、前日にお米を炊いていたら納豆と味噌汁で食べたりもする。納豆は絶対に切らさないようにしている。梅酢のたれと、昆布だしのたれの納豆が好きだ。あと、小粒じゃなくて中くらいの粒がよい。豆の食感を味わいたいのだ。朝におかゆを食べるのもよい。刻んだ野菜を入れてもいいし、卵を入れてもよし。朝食のことを考えるだけで、お腹がすいて眠れなくなることもある。

 

昼はお茶を淹れてお菓子を食べるし(退職したときにたくさん洋菓子をいただいたので、ちまちま食べている)、夕方になればエコバッグに財布を突っ込んで商店街に繰り出す。何年か前までまったく料理をしなかったが、この頃はほぼ毎日作っている。たいていジェーン・スーかオードリーのラジオを聴きながら作る。簡単でいいと思いつつも、気づけば4.5品くらいできている。それをゆっくり1時間くらいかけて食べる。食後は果物を剥いて、ほうじ茶を飲む。大好きな柿の季節が終わってしまった。柿は数年前までは全然好きじゃなかったのに。

 

今日は埼玉に行きたいカフェがあったので、1時間くらいかけて向かった。行きの電車で小川洋子『遠慮深いうたた寝』を読む。懐かしい感じの綺麗な装丁が目を引く。そのなかの「とんかつ」という話が素敵だった。「美味しいもの、栄養があるもの、珍しいものはまず子供に」という考えのお父さんが、幼い著者と弟が好まないとんかつの脂身と赤身を取り替えてくれていたこと。そのときはなんとも思わなかったが、大人になって思い出すとその優しさがじわりと温かい。家族の食卓の話は好きで、昨日読んでいた平松洋子『父のビスコ』もそんな記憶のかけらを拾い集めたエッセイ集だった。カフェではコーヒーとスパイスケーキ。バナナジュースも気になったが、はじめましてのお店ではコーヒーと決めている。スパイスケーキは、洋酒しみしみのフルーツが美味しかった。店内が可愛らしく、食器のひとつひとつもお洒落だった。食べている途中で、財布に一万円札しかないことに気づき焦ったが、その瞬間「ピピッ」と軽快な音がレジのほうから聞こえて、ICカードが使えることを知り一安心。次はランチに来ようと店を出る。駅まで歩いている途中、かなり寒かったのだが、頭のなかはもうとんかつのことでいっぱいだった。今夜絶対にとんかつが食べたい。そう思って、夜観る映画の前に近くで食べるめぼしい店を探す。750円くらいの安いとんかつもあるけれど、いま食べたいのは2000円くらいのとんかつ。よさそうなお店を見つけて、場所を確認。

 

夕方は下北沢のボーナストラックへ。安達茉莉子さんの新しいジンを求めてやってきた。辺りはもう暗く風が冷たかったので、足の指がしもやけになりそう。幼い頃から毎年しもやけになっている。足の薬指と小指がぷっくり腫れて、靴がきつくて痛い。よく、母にお風呂のお湯と洗面器の冷たい水に交互に足をつけるように言われていた。効いていたのかはわからない。手のあかぎれには薬用のクリームを塗り込まれていた。よくケアされていたものだ。

今日のボーナストラックのテーマは「ケア」だそう。本を読むことも、適切なケアだと思う。横浜の本屋さん、生活綴方のブースに安達さんは出店されていて、様々な本の説明を聞く。ジンを3冊購入した。「じぶんをだいじにするためのブックガイド」に、わたしの本も選書していただいている。その紹介文があまりにも素晴らしかったので、一部ここに書いておきたい。

 

「常識のない喫茶店が、『常識』の名の下にまかり通っている社会の加害にレッドカードを突きつけてくれる。その抵抗はお店の中だけで完結しなくて、いろんな場所で同じように働く人の、内なるレッドカードの持ち札になる。そしてそれはもうレッドカードじゃなくて、命綱なんだと思う」

 

著者として涙が出そうだ。あの本で伝えたかった切実な想いが、「命綱」という言葉に変換されてもっと訴えかけてくる。これ以上なにかを説明するのは野暮だから何も書かないけれど、安達さんがこれだけ汲み取ってくださったのが心底うれしかった。好きな作家というだけで舞い上がる気持ちだったが、宝物にしたい言葉だ。ご挨拶もできて、温かい気持ちで下北沢を出た。

 

土曜日の夜の新宿をすたすた歩き、歌舞伎町のビルへ。もうすっかりお腹がすいている。とんかつ屋さんはほどほどの混み具合だった。もち豚のロースとんかつ定食を頼み、読書の続き。15分ほど待って出てきた。お味噌汁がしじみでうれしい。キャベツのドレッシングがお店のオリジナルのようで、まろやかで美味しかった。まろやかすぎてなかなか出てこず、わたしのだけ?と思って他のお客さんをちらっと見たら、やっぱりなかなか出てこなかった。久々の揚げ物は熱々で甘くてご褒美のよう。この感じは家じゃできないなあ。レモンと塩で食べるのもさっぱりしていい。お腹がすいていたのでごはんと漬物をおかわり。わたしの「すみません」という小声を店員さんがしっかりキャッチしてくれた。2杯目を食べ切る頃には少し苦しかったけれど、完食。苦しい割にはメニューの「カキフライ」という文字を凝視していた。どうやらこのお店、「とんかつ茶漬け」なるものが名物なよう。頼んでいる人が多かった。次来たときには頼んでみよう。

 

映画の時間が迫っていたので、早足でシネマカリテへ。ホラー映画を観た。ビビりの割にはホラー映画が好きで、よく観に行っている。今日も、おじいさんが白目を剥いているシーンで、驚いて1cmくらい浮いてしまった。いい意味でストレスフルな作品で、90分ずっと緊張していた。どん底で一杯飲んでから帰ろうかと思ったが、まっすぐ帰った。ああ、食べものエッセイを書きたい。