うわごと

僕のマリ

卑屈になんかならんでもいいのさ

肩こりと腰痛が酷く、マッサージや整体によく行くのだけど、気持ち良くても結局はその場しのぎでしかないので、やはり運動をするしかないと痛感している。夏はプールに通っていたが、冬となると着替えが面倒なので足が遠のく。

色んなマッサージ屋、整体を練り歩いているが、いつも受付で「この店で一番力が強い人を」という道場破りのようなお願いをしてしまう。ヤワな施術など望んでいない。ありったけの力で揉んでほしい。

先日「もう限界だ」と思って入ったマッサージ屋では、20代と思しき小山さんという男性が懸命に足を揉んでくれていたのだが、途中で鈴木さんという女性が入ってきて腕を揉んでくれた。その二人によって腕と足があらぬ方向に伸ばされているとき、なんかシュールすぎて吹き出してしまった。ヒーリングミュージックと衣擦れしか聞こえないような静かな店内で突然爆笑することは死を意味するので、咄嗟に「エ"エン!」と咳払いをして誤魔化したがバレているだろう。鈴木さんが去り、小山さんが渾身の力で首、肩を揉む。小山さんの親指がバキッと鳴って、気まずくなる。しばらく首のところを触っているなと思ったら、少しの間があり「少々お待ち下さい」と小山さんは去った。なんだろうと思っていたら「失礼します。責任者の坂口と申します」と言って坂口さんが入ってきた。「代わらせていただきますね」と、責任者の親指で首の筋肉を揉みしだかれる。さすが責任者、えげつない力である。痛すぎて一瞬呼吸が止まるが、耐える。身体全体を再度入念に揉まれ、四肢がバラバラになるかと思った。

 

先日人生初めての書評をしていただいたのだが、「自意識の化身である」という一言に膝を打った。その一文を目にしなければ、もしかしたら自覚のないままだった可能性が高い。その書評について詳しく言及すると、紙として刷った意味がないので触れないが、わたしが常に「自分だけの秘め事にひとりにんまりしている」というのは確かにそうだ。

 

妄想する癖がある。常に妄想しては、その世界に想いを馳せて一人ほくそ笑んでいる。

これだけ申すと「えっ!?あのエッセイやブログは全部嘘だったの!?」と誤解を招きかねないが、書いたものは全て本当である。いや、プライバシーを守るために、名前や地名は変えたりして多少濁したりすることもあるけれど、本当のことしか書いていない。たまに嘘みたいな出来事に遭遇するたびに「果たしてこれは現実なのか」とふと考えてしまうが、自分はそういう運命なのだとわかった今ではなんでもない。

 

とはいえ、妄想は誰でもするし、感情がある生き物として生まれたからには至極当たり前のことだと思うが、みんなどんな妄想をして日々過ごしているのだろう。

わたしはというと「自分が何者かになったつもりで暮らす」というテーマが常にあり、それを実行することに楽しみを見いだしている。ひとつのゲームだ。

 

普段、自分がどんな人物かと聞かれたら「雑」と答えている。雑なのだ、とにかく。何に関しても。細かいことが苦手で、計算も嫌だし計画も好きではない。そういう能力がそもそも備わっていない。「適当」という言葉が一番好きかもしれない。昔から気が変わるのが早く、思いつきで行動しているので、人間関係も流動的である。

そんな自分であるが、たまに何かを「演じる」ことに夢中になることがある。わたしはそのへんの一般人なので、ある意味普通に、細々と暮らしているのだが、だからこそ、自分が何者かになったつもりで過ごすのが楽しい。

 

たとえば。実は自分は殺し屋なのだと思い込む。もちろん殺したことがあるのはせいぜい虫ぐらいなのだが、凄腕の殺し屋になったつもりで生活してみるのはどうだろうか、とふと考えてみる。

不朽の名作「LEON」を何度も観ているせいか、その憧れが妄想となり、妄想が現実の暮らしに魔の手を伸ばした。殺し屋になったつもりで暮らすというのは、常人にはなかなか難しいので、取り急ぎ「LEON」と「コロンビアーナ」と「ニキータ」をお手本にする。

朝起きて「今日は殺し屋のつもりで生きよう」と思う。重ね重ねになるが、むろん人は殺さない。殺し屋の朝ごはんはどんなだろう。とてもストイックに違いない。でもちょっとおしゃれかもしれない。考えた結果、アイスミルクとシリアルにした。LEONそのものだし、別にいつもと変わらなかった。今日はゴミの日だからゴミを出したいと思う。しかし、殺し屋はゴミの日に律儀にゴミ収集場になど行かないだろう。ゴミ捨てを断念する。

殺し屋としての仕事について考える。ターゲットを指定しなければこの仕事は成立しない。依頼がくる筈だが、もちろんこないので、大学のときの嫌いな先輩を脳内で殺しておいた。

やおら筋トレを始める。体力が命の仕事。とりあえず鍛えておくかと腹筋と背筋と腕立て伏せを百回ずつやった。しかし、かなり疲れたのでそのまま布団でうたた寝してしまった。起きた時には昼過ぎで、殺し屋なのにうたた寝とはこれいかに、と自己嫌悪に苛まれる。こんなに呑気に構えていたら殺される側になる。とても反省した。

気を取り直して武器の手入れをしようと家中の武器を探す。使えそうなものといえば包丁と一升瓶しかない。家に不審者が侵入してきたらこれで戦うしかない。実際に不審者に侵入されかけたことはある。割と最近だ。一人暮らしは危険。

映画のように銃の手入れをしたいが、もちろん持っているはずもないので虚空を眺める。銃を持ってなくてよかったと常々思う。銃社会だったら既に撃ち殺しているであろう人々の顔が思い浮かんだ。現実世界で攻撃したことがあるのは痴漢くらいなのだが(必ず金蹴りか腹パンを喰らわせる)、もし銃を持ってたら埼京線で乱射していただろう。

 

気を取り直して、喫茶店へ読書をしに行く。殺し屋なので、いかに市民たちに職業を悟られないかが重要である。カモフラージュのために、ちょっとファンシーな出で立ちで家を出る。大きめの赤のセーターとミニスカート、白いタイツ。モコモコのトートバッグ。これはいかにも殺し屋っぽくない。バレないと思う。喫茶店でオーダーをする。本当はホットコーヒーが飲みたいが、いかに殺し屋らしからぬ飲み物を頼むかが鍵だ。迷った末、オレンジジュースと大きなパフェを食べることにした。組み合わせ的に微妙だったので後悔した。甘いものと柑橘系のジュースは合わないなと思う。喫茶店でせっせと働く店員たちを眺め、「呑気にパフェ食べてるけど、実は殺し屋なんだァ」と思う。読んでいる本も、図書館で借りてきた『バムとケロシリーズ』という徹底ぶりである。ちびいぬのヤメピというキャラがすこぶる可愛いのだ。これは殺し屋が読まない本だろう。しかし読んでいる。考えるだけで面白い。他の客である市民たちも、まさかわたしという人物が殺し屋とも知らずに優雅にコーヒーを飲んでいる。もし、いま突然店内に強盗が入り込んだらどうしようかと考える。わたしは凄腕なので、怯えて隠れるふりをしながら素早く厨房に忍び込み、熱したフライパンと大量の包丁で反撃する。テーブルの花瓶を投げるのもありかもしれない。去り際には窓ガラスをぶち破って派手に退店したい。脳内でイメージして、無事に三人の強盗をやっつけたので満足して店を出た。

 

夜、打ち合わせ。これは本当の仕事に関する(執筆の)打ち合わせなのだが、今日に限っては殺しの依頼を受けているという設定だ。編集の方を勝手に依頼人にする。依頼人に仕事を頼まれ「面白え話だな。1万ドルなら引き受けるぜ」と思う。もちろん脳内で。殺し屋なのでなるべく無表情で笑わない方針でいきたいのだが、雑談をしていたら普通に笑顔になってしまった。三マス戻る。

 

夜更けに帰路につく。夜道は危険だ。何度も振り返り、警戒をする。前方から男が走ってくるのが見える。刺されたらどうしようと思うが、よく見たらおじさんが柴犬とジョギングしているだけだった。普段なら「犬!」とリアクションするところだが、殺し屋なので、断腸の思いで無視をする。かなしい。

 

物憂げな表情でシャワーを浴びる。一番誰も見ていないので意味はないが、とりあえずやっておく。飲み物が欲しくなったのでコンビニへ行く。夜勤の相川さん(とにかく一つ一つの動作が早過ぎてビックリする)が今日もレジを乱れ打ちしている。雑誌コーナーのあたりで、足の親指みたいな顔のおじさんがぶつかってきて、舌打ちされる。おやおやと思う。殺し屋に舌打ちとはクソバカですねと一笑に付す。本当のクソバカはわたしなのだが、こうやって考えてみると日常の苛立ちも抑えられることに気付いた。相川さんが食い気味にわたしの手から「北海道チーズ蒸しケーキ」と「氷結りんご味」を奪い取りスキャンする。ナナコで支払う。なんでナナコのキャラクターはキリンなんだろうなといちいち考える。

家に帰りチューハイをズビズビ飲んでいたら、殺し屋だったことも忘れた。

 

閉店時間を過ぎたコインロッカーで洗濯物が乾くのを待っている。グオングオン。背中ごしに伝わる振動と、誰もいない空間のしずけさが心地よい。閉店時間に気付いたのは、店主と思しき男性が「奥の電気消してもいいですか?」と聞いてきたので、ハッとなったからだ。本当はもっと早く終わるはずだったのだがこんな時間になってしまった。洗濯するだけなのにトラブルが続いたのが原因。さあやりますかとコインランドリーに来たものの洗剤を忘れて一度帰り、洗濯物と洗剤を入れて今度こそ!と思ったら小銭を持ち合わせておらず(両替機もなかった)、千円を崩すべく近くのコンビニでソフトクリームを買ってペロペロ舐めながら洗濯をスタートしたら、すべてを見ていたお兄さんが「こいつマジか」みたいな顔をしていた。終了を告げるピーという音が、必要以上に長くて滑稽だった。残念ながら洗濯物は生乾きで、やっぱりチョコミントのアイスも食べたいなと思う。なんていうか、これが本当のわたしである。