君のワゴンで眠らせてくれないか
昼過ぎに起きて、コーヒーを飲みながらタバコを吸って、洗濯をしつつシャワーを浴びて、かたい桃を食べた。今日は仕事をする。
裸で寝転びながら考えごとをしていたら突然物凄い豪雨になって、慌てて服を着て玄関のドアの前でずっと明るい空から降り注ぐ雨を眺めていた。予定を挫かれたけれど、夏の夕立が好きだ。
こんな日は、2017年7月のフジロック最終日、YUKIのグリーンステージを思い出す。
2日目の豪雨のあとの泥濘んだ山道に難儀しながら苗場を移動した。
小雨が降ったり降らなかったりする中、初めて野外で観るYUKIのステージに興奮した。最後の曲はわたしが大好きな「WAGON」、イントロの乾いたギターの音で既にもう涙目になってしまった。
「思えばいつでもそうだった 想い出はやけに華やいだ 悪戯にもてあました季節は昔話にもならないが
夏の太陽 真にうけて はしゃぐ気もしないし 恵みの雨に打たれよう それもいいな 君のワゴンで 眠らせてくれないか」
わたしの夏の風景はこんな感じだ。気怠くて乾いていて光っている。
そういえば初めて物心がついたのは4歳の夏だったと思う。父親の仕事の都合で1年間だけ広島に住んでいた。
確か、母と二人で車でスーパーまで買い物に行って、帰ろうとして駐車場を歩いていたら突然の夕立に見舞われた。だからきっと夏だった。
買い物袋を抱えたまま走って急いで車に乗り込んで、ビショビショになって呆然としたわたしを、母が小さなハンカチで笑いながら拭いてくれた。
車のフロントガラスを打つ雨と光に包まれながら、どうして晴れているのに雨が降るんだろうと思った。夕立が好きだ。
「それぞれのスピードでどこまでも行こうよ 追いかけるのもバカらしい そんなもんだ」
という詞に何度となく勇気づけられてきた。10年以上聴いている。
悲しい歌や泣かせる歌よりも、こういう何気ない囁きのような歌が一番涙を誘うのは何故だろう。
曲も大サビを迎える頃、小雨が降るか降らないかだった天気が、雨に変わっていた。雨足が強まるにつれて、会場の熱気が確かに上がるのを感じた。
何万人もの観客とステージの上のYUKIが、最後の詞の一節が呼んだ奇跡に気付いてしまった。
「泣けない午後に目覚めて ため息と空気を吸い込んで 吐き出せば空高く飛んで 曇り空を雨に変えやがった!!!」
と高らかに歌いあげた天使の姿を、泣き笑いで焼き付けた。