うわごと

僕のマリ

なくなりそうな君が好きさ

こそこそ煙草を吸っても、怒られるときは怒られる。一人で決められた場所で吸うだけなんだから、割と地味でストイックな趣味なんやないのと反論したくなる。28歳になったが、相変わらず喫茶店や酒場に繰り出すのが好きで、それ以外のことはそんなに好きじゃない。ハタチそこそこの時はとにかく悪いことをしてみたかったけど、何にもならないのでやめた。人に優しくできない割には人一倍繊細で嫌だ。

町外れにある、かなりスピってるというかイっちゃってるおばさんの占い師に「会話力があるのに、自分の本当の気持ちを言うのが苦手」と言い当てられてうれしかった。全部本に書いてあることだとしても、インチキでもなんでもよかった。欲しい言葉だったから。そしておばさんはわたしの職業を当てた。占いって面白いね。

 

人に本を薦めるのが好きだ。幸運なことにそういう仕事もさせてもらっているが、個人的に誰かに本を貸すときは処方箋みたいに慎重に選ぶ。

知り合いの老夫婦にこだまさんの『いまだ、おしまいの地』をプレゼントした。発売日前日に書店へ駆け込み、2冊買って1冊あげた。「うれしいわあ」とほころぶ奥さんの顔に照れた。数日後に「この人明るくなったわね」と感想を伝えてくれたので、話に花が咲いた。70代の彼女はジャンル問わず新刊をチェックしていて、よくわたしにも本を貸してくれたりプレゼントしてくれたりする。先日は凪良ゆうさんの『流浪の月』を貸してくれた。「とても好きな本で、毎日寝る前にあるワンシーンを読み返すのよ」と言うので早く読みたかったが、このところ塞ぎがちで積読が続いていて、今日ようやく読めた。

 

心のやわらかいところを針でぷすぷすと刺されて膿がでるように、痛くて正しくってため息が出た。他人とは決してわかりあえない、わかつことの出来ない地獄のことを思い出してヒヤッとした。わたしはいい歳して、他人が他人であることによく絶望する。言葉を紡ぐ仕事をしているのに、今やそれこそが自分のすべてなのに、何故か人を前にすると思っていることや感じていることが口にできない。笑えるほどにできない。わかりあえないかもしれないという恐怖に支配されて口をつぐみ、言いたかった言葉がのどにつかえて行き場を失い、じくじくと痛む。

 

『流浪の月』にはわたしが言って欲しかった言葉が書いてあって、何度もその一文をなぞった。終盤、爪痕の目立つページがいくつかあって、この本の持ち主のことを思った。そのことだけでも胸がいっぱいになるような、切実な痕の付き方だった。共鳴している、と静かに熱くなる。半日で読み終えて、もう一度読みたいけど、自分の爪痕がつかないうちに早く返さなきゃと思い直した。

 

誰かに守られるのは心地いいけど、いままでの自分を壊してくれる人に出会えるしあわせを享受したい。わたしだって硬い鎧をぶち壊すほどの気概でやっていきたい。ずっと同じ場所にはいられないんだよね、と日毎に思う。シャワーを浴びたら焼酎のお湯割りを飲んで、好きな曲を聴きながら手紙を書いて寝る。酔っ払ってしまえば、わたしはもう!