いかれた慕情

僕の天使マリ

それぞれのスピードでどこまでも行こうよ

不運なことに、25年間で3回交通事故に遭っている。

オカルト信仰のある知人からは「絶対に取り憑かれてるからお祓いに行きなよ」と代々木の神社を紹介されたが、「確かに頭は打っているがいずれも軽傷だったので、むしろ強力な守護霊が憑いているに違いない」と言って論破することに成功した。

 

しかし、いかんせん不注意が多くぼんやりした性格なので、車の免許を取る事は自粛した。

それ以前に自転車に乗れなかった。

わたしはかなりどんくさくて運動音痴なので自転車すらまともに漕げなかった。25年8ヶ月そうだった。

しかし、ある日を境に急に乗れるようになった。

 

知り合いの女の子が自転車を新調したので、かわいいね、と褒めたところ、「乗ってみる?」と勧められた。

彼女はわたしが自転車に乗れないことを知っている。

「いやいや、無理だよ、絶対転ぶから」

「試しに!試しに跨いでみなよ」

「わかった…傷つけないようにする…」

 

自転車のロックを外し彼女との10cmの身長差を埋めるべくサドルを下げてもらう。跨ってみる。ぐらぐらする。しかし、足はつくので何となく安心する。

小学生の時、一輪車が異様に上手い女の子居たな〜とか思いながら、思い切ってペダルを踏んでみる。

よろよろよろ…ナメクジのように前進した。

 

乗れた!!!

 

ちょっと信じられないのでしばらく漕いでみる。

スイ〜〜…風を切り、短い髪がなびく。スカートがはためく。気持ちいい。

こんなに気持ちいいとは思わなかった。

 

「乗れた!自転車乗れた!めっちゃ楽しい!ありがとう!!」

自転車を降りて、人目を憚らず彼女に感謝した。

 

さて、乗れるようになったらなったで、急に自転車が欲しくなってしまった。

今までは乗れなかったので当然欲しくもならなかったが、乗れる今では話が違う。喉から手が出るほど欲しい。

 

安いママチャリだと一万円くらいで売っているだろうが、わたしが乗らせてもらったのは小さいチャリだ。

総称が分からないが、車輪も小さくて全体的にコンパクトなタイプのもので、身長的にもそれにしか乗れない。

 

欲しいけどすぐ必要って訳でもないし…とぼんやり考えていた。

 

自転車に乗れることが発覚した三日後、行きつけの喫茶店で絵描きのAさんとお茶をしていた。

Aさんは次回の文学フリマのイラストを担当してくださるので、その話をしつつ、のんびりのほほんとお茶を飲みながら雑談していた。

彼女も身長が148cmほどで、いつも小さいチャリに乗っていた。

 

そこの喫茶店のマスターの爺さんが気さくで色々話しかけてくるのだが、その日唐突に、「ねえ、チャリいらない?」と切り出された。

 

胸の内を読まれているのか、スマホの広告のような的確さに一瞬心臓が止まりそうになるも、「欲しいです、ちょうど欲しかったんです!」と即答した。

「本当?あげるよ、うちにあっていらないから困ってんだ」

「ああ、でも、わたし小さいチャリしか乗れないんですよ…」

「小さいやつだよ、Aちゃんのみたいな。君でも乗れるよ。明日店に持ってくるから取りに来て」

 

やったー!!!嬉しくて小躍りしそうになった。

聞くと、職業柄、色んな人から色んなものを貰うらしく、引き取り手に困っていたらしい。

しかし、こんなタイミングの良さなどあるだろうか。

一生分の運を使い果たしたような焦りも感じたが、素直に喜ぶことにした。

 

次の日、夕刻に喫茶店を訪れる。

マスターはいつも店先に立って道行く人に挨拶したり散歩中の犬に構ったり歩きタバコの人を注意したりしている。

完全に地域密着型のおじさんだ。

わたしを数メートル先に見つけた瞬間、「おう、来た来た!待ってたぞ」と笑顔で言った。

 

「これなんだけど」

店先に停めていた自転車を見せてくれた。

なんと、サドルがMAXまで上がって、ハンドルもMAXまで上がっている歪なスタイルだった。

驚いてゲラゲラ笑う。

マスターは、してやったり、とニヤニヤしながら「いいだろ〜?」と言っていた。

「そんな高いの乗れないですよ」

「エーッ!?乗れない?仕方ねえな〜、赤ちゃんサイズにしてやるか〜」

マスターはサドルとハンドルを一番下に下げながら、小芝居の成功に満足そうにしていた。

この爺さんは、本当にふざけるのが大好きなのだ。

 

そして、確かに小さいチャリ!そして綺麗、なんと折り畳みも出来る。

こんなに良いものをタダで貰っていいのか…と再三思ったが、持ってけ!と言われるので感謝した。

 

「防犯登録ちゃんとしてね」

「警察署とか行くんですか?」

「いや、自転車屋で出来るよ。そこの自転車屋に行って、喫茶店のおじさんに貰いました、って言って登録してもらってこい」

「わかりました、今行ってきます」

 

茶店のテーブル席には休憩中のお巡りさんが数人いた。

マスターとわたしのやり取りを笑いながら見ている。

 

「サドルの高さ、大丈夫か?」

「漕いでみます、よいしょ」

 

マスターと警察官数人に見守られながら、二度目の自転車走行。また少しよろける。

「お、おい大丈夫かよ」

「いけます、大丈夫です」

 

スイ〜〜…漕げた。目と鼻の先にある自転車屋を目指し、走る。

後ろから、「おせえ〜〜」と聞こえるが気にしない。

 

完全に自意識過剰だが、自転車に乗った自分にいつまでも慣れなくて、漕ぎながらひとりほくそ笑んでいる。おもろいのだ。

わたしと会ったことがある人はわたしが自転車に乗っているところを想像してみてほしい。

しばらくの間は笑みがこぼれて仕方なかったが最近は慣れてきた。

真顔で漕げるようになった。

 

それからは自転車に乗るのが楽しすぎて、あえてまわり道をしたりするようになった。

スーパーへ向かうために自転車へ乗っているというよりは、自転車に乗るためにスーパーへ行っているようなところがある。

 

先日も、雨が降っているにも関わらずたまらず自転車に乗りたくなり、青梅街道を爆走した。翌日体調が悪くなった。

深夜に「MATSURI STUDIO」と書かれたTシャツを着て自転車を漕ぎまくっている女がいたらわたしだと思ってそっとしておいてほしい。

「爆走」とは言ってもあくまで主観なので、余裕で競歩に負ける速度で漕いでいる。しかし、気持ち的には「爆走」なのだ。

 

おっそくてちいせえチャリで色んなところへ出かけようと思う。

茶店の爺さん、ありがとう。