いかれた慕情

僕の天使マリ

君は静かに、瞬きもせず

マクドナルドに来てぼんやり商品を待ってる間、ソファソ、ソファソ…を永久に聴き続けている間に、そういえば子供の頃にシルバニアファミリーマクドナルドバージョンみたいなやつで遊んだな、とふいに思い出した。

小さいホットアップルパイ、昔のマクドナルドの制服、リカちゃん人形。急に思い出した。

 

昨日キーボードを触っていた時に、子供の頃にピアノで習っていた曲がまだ弾けること、指が覚えていることにしみじみした。

3歳だか4歳の頃から、ヤマハ音楽教室のピアノの個人レッスンに10年くらい通っていた。

隣の大部屋では自分と同い年くらいの子供たちが「エレクトーン」をワイワイと習っていて、みんな賑やかで楽しそうで羨ましかった。私はピアノで、ただただ真面目に小さな部屋の大きなグランドピアノと対決し続けるのであった。水曜日の17時からレッスンだったから、16時半くらいに楽譜と筆記用具を入れたカバンを持ってヤマハに行って、待っている間にピアノ教室にまばらに置いてあるエジソンとかヘレンケラーの伝記を読みながら時間がくるのを待った。

先生は30歳くらいで優しくて、途中で結婚して苗字が変わったけど、ずっと「あき先生」と呼んでいた。

先生が育休に入った頃に半年くらい代任したおばさん先生はとにかく怖くて、私が押す鍵を間違えると、(ピアノの先生なのに長い爪で)「こうでしょ!!」と私の手をガッと掴むのだった。

あき先生が育休から帰ってきて、どうだった?と聞かれた時に泣きながらこの事を話した記憶がある。

 

ピアノの発表会、ドレスを着て恥ずかしくなりながら真っ白なステージに進んで、その頃からステージの照明の暑さとか拍手のパラパラした乾いた音とか、深く味わうことになる。

初めて弾いた発表会の曲、「人形の夢と目覚め」。

 

なんとなく始めたピアノが、後の人生を変えるとは思わなかった。

もう一度、ハノンとかツェルニーとかブルグミュラーとか、まじめにやり直したい。

実家に置いてあるアップライトピアノを早く攫って、調律師を雇って、昔弾いた曲を取り戻したい。

 

 

 

お客さんに「君のような人にはキツいこと言うようだけど、作家やアーティストやクリエイターは不幸だよ。もっと面白いものを、もっと面白いものを、って永遠に求め続けられる。その重圧に耐え続けることが出来るの?」と聞かれて、不幸じゃないと作れないです、というのを何と無く飲み込んだ。