いかれた慕情

僕の天使マリ

殺される時流れてた音楽

片田舎特有の不気味さと恐怖は今もなお私の脳裏に焼きついている。

 

まだ子供の頃、共働きだった為忙しかった母と車で弁当屋に行き、「マリはどれがいいん?いつもの?」とか会話して、「すぐ戻ってくるけん待っといてな」と言われて車でポーっと待っていた。

田舎故に常に母と車で行動していたので、「一緒に行く・車で待つ」という選択肢を常に用意されていた気がする。

 弁当屋だからすぐ出てくるだろう、と思い待っていたら急に助手席の窓をドンドン叩かれて、ハッとして見ると知らないおじさんがいた。何だかわからずにジッとしていると、指で窓の下を指す。車のドアを開けろという意味だ。

幼かったので、母の知り合いなのか?何か困っているのか?と様々な考えが脳裏をよぎるが何も出来ない。不安になり、弁当屋にいる母の後ろ姿を見つめるが車の中から声を出しても意味がない。混乱する。

その間も、おじさんは窓を叩く・指で開けろというジェスチャーを繰り返す。恐怖だった。

やがて何度かそれを繰り返した後、おじさんは去って行き、氷のように固まる私だけが車内に残された。

昔のことなので記憶が曖昧な部分があるが、ようやく家族分の弁当を買って帰ってきた母には、その事は多分話していない。なんとなく口下手な子供だった。ただ黙って、母に「持ってくれん?」と言われて温かい弁当の袋を抱えていた気がする。

 

例の、「死にたい」が「殺してやる」に変わったニュースを見て、大森靖子さんの「夏果て」という曲を真っ先に思い出した。 

2012年、下北沢で初めて彼女のライブを観た時、この曲が一番衝撃的で、すぐにまだ手売りだったCDを買って、握手してもらったのを覚えている。

 

 

殺した時のさいごのやわらかさ

俺は絶対に悪くない

正しい息をしたかっただけ

君もきっと同じだろ

一年振りの夏なのに

君の裸を眺める夢をみて

冷凍庫に転がる頭にキスして

涼しい昼下がり

 

夏果て/大森靖子